薪をくべるとき、薪を割った日の自分を思い出す

薪ストーブ

火が安定したあと、
薪ストーブの前に座る。

急ぐ理由はない。
やるべきことも、特にない。

ただ、
炎がある。

薪を一本、くべる。
扉を閉める。
少しして、炎が変わる。

その瞬間、
ふと、思い出す。

この薪を割った日のことを。


夏の暑さと、斧の重さ

それは、
汗が流れるような日だったかもしれない。

蚊が多くて、
思ったより薪が割れなくて、
途中で何度か休んだ日。

あるいは、
空気が澄んだ秋の日かもしれない。

斧が気持ちよく入り、
乾いた音が続いて、
時間を忘れて割っていた日。

薪をくべるとき、
炎の向こうに、
そんな断片的な記憶が立ち上がる。


薪は、時間の塊だ

今、燃えている薪は、
ただの木ではない。

切られ、
割られ、
積まれ、
乾かされ、
待たれた時間。

その全部が、
一本の薪に詰まっている。

火は、
その時間を、
一気に解放する。

パチッという音も、
立ち上がる炎も、
すべてが、
過去から届いたものだ。


「暖かい」は、結果でしかない

薪ストーブは、
部屋を暖めてくれる。

それは事実だ。

でも、
今ここにある暖かさは、
目的だったのかというと、
少し違う気がする。

暖かさは、
結果にすぎない。

本当は、
そこに至るまでの時間を、
どう過ごしてきたか。

薪ストーブは、
それを問い返してくる。


一年が、一本につながる

春に考え、
夏に動き、
秋に備え、
冬に燃やす。

この一年の流れは、
頭で理解するものではない。

身体で覚えるものだ。

薪をくべるたびに、
その流れが、
無言でよみがえる。

「ちゃんと巡ってきたな」
そんな感覚が、
胸の奥に残る。


便利さでは測れない豊かさ

もし、
ただ暖かくなりたいだけなら、
もっと簡単な方法はいくらでもある。

スイッチ一つ。
設定温度。
自動制御。

薪ストーブは、
明らかに遠回りだ。

でも、
この遠回りの中にしか、
含まれないものがある。

時間。
手応え。
記憶。

それらは、
効率では測れない。


火の前では、過去も未来も静かになる

炎を見ていると、
不思議と、
過去を悔やぐことも、
未来を心配することも減っていく。

なぜなら、
今燃えている薪は、
過去の自分が用意したものだから。

そして、
まだ薪棚には、
未来の火が残っているから。

今この瞬間は、
その中間にある。

ただ、
火があるだけで、
それで十分だと思える。


薪ストーブは、生き方の装置だった

このシリーズの最初に、
「薪ストーブは、薪を作るところから始まっている」
と書いた。

今なら、
もう少し正確に言える。

薪ストーブは、
生き方を一年単位で考えさせる装置だ。

今日の行動が、
未来の自分を助ける。

すぐには報われないけれど、
確実につながっている。

その感覚を、
炎として、
毎冬、確かめる。


火は消える。でも、時間は残る

やがて、
炎は小さくなり、
熾火になる。

そして、
夜が来る。

火は消える。
それは、自然なことだ。

でも、
燃えた時間は、消えない。

薪を割った日も、
積んだ日も、
くべた日も。

全部が、
この一瞬に、
確かにつながっていた。


おわりに

薪をくべるとき、
私は思い出す。

あの日の自分を。
汗をかいていた自分を。
黙々と割っていた自分を。

そして、
「悪くなかったな」と思う。

それだけで、
この暮らしは、
十分だった。

火は、
静かに燃えている🔥

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