薪ストーブの前に座ると、不思議と時間の流れが変わる。
時計は進んでいるはずなのに、心だけがゆっくりになる。
炎はせわしなく揺れながら、どこか落ち着いている。
その矛盾のような姿が、今の自分の生き方を静かに映し出してくれる。
私たちは日々、「豊かさ」を追いかけている。
収入、肩書き、便利さ、スピード、効率。
どれも間違いではない。むしろ現代社会では正解とされる価値観だ。
けれど、薪ストーブの前にいると、ふと疑問が湧く。
――本当に、それだけで豊かと言えるのだろうか。
便利さが増えるほど、心は満たされにくくなる
スマートフォン一つで何でもできる時代。
買い物も、仕事も、娯楽も、数秒で完結する。
それなのに、私たちは以前より満たされているだろうか。
便利さは確かに生活を楽にしてくれた。
しかし同時に、「待つ時間」「考える時間」「感じる時間」を奪っていった。
常に何かを消費し、何かを比較し、
何かを追いかけ続ける日常。
薪ストーブは、その流れを静かに止めてくれる。
火はスイッチひとつでは点かない。
薪を組み、空気を送り、待ち、見守る。
そこには“コントロールできない時間”が存在する。
この時間こそが、実は人間にとって最も豊かな時間なのではないかと、私は思う。
手間のある暮らしは、心を取り戻す暮らし
薪を割る。
薪を乾かす。
薪を運ぶ。
火を育てる。
効率だけを考えれば、非合理のかたまりだ。
けれど、その一つひとつの行為が、
「自分が生きている」という実感を取り戻してくれる。
指先の感覚。
木の匂い。
炎の温度。
パチパチという音。
五感が目覚めると、心も自然と静かになる。
豊かさとは、
五感で人生を感じられている状態なのかもしれない。
比較から降りたとき、豊かさは始まる
私たちは無意識に、誰かと比べて生きている。
収入、暮らし、家、車、子ども、働き方。
比較は向上心を生む一方で、
満足感を奪う。
薪ストーブの前では、比較が意味を失う。
誰の炎でもない。
誰の暖かさでもない。
これは、自分の火だ。
自分で育てた火に暖められていると、
「これでいい」という感覚が自然と湧いてくる。
他人基準ではなく、
自分基準で生きられる瞬間。
それが、本当の豊かさの入り口なのだと思う。
豊かさとは「足るを知る」ではなく「足りていると感じること」
よく「足るを知る」と言われる。
しかし私は最近、少し違う表現の方がしっくりくる。
「足りていると感じられる心」
物が多くても、足りないと感じれば貧しい。
物が少なくても、満たされていれば豊か。
薪ストーブの炎は、何も増やしてくれない。
ただ、今ある空間を温めてくれるだけだ。
それだけで、心は十分に満たされる。
本当に豊かな暮らしとは
薪ストーブの前で考えて辿り着いた答えは、とても静かなものだった。
本当に豊かな暮らしとは――
・自分のペースで生きられること
・小さな幸せに気づけること
・今日の自分を否定しなくていいこと
・誰かの正解ではなく、自分の納得で選べること
・そして、心が静かにあたたかいこと
それは決して派手ではない。
SNSで誇れるものでもない。
けれど、夜にふと深呼吸したとき、
「悪くない人生だな」と思える感覚。
それこそが、最上の豊かさなのだと思う。
炎は、答えを押しつけない
薪ストーブの炎は、何も語らない。
ただ揺れているだけだ。
しかし、その沈黙が、
私たちの中の本音を浮かび上がらせる。
忙しさで隠していた想い。
比べることで誤魔化していた不安。
そして、本当はもう十分だという事実。
炎は、それらを静かに照らしてくれる。
まとめ:豊かさは、すでにここにある
もし今、
「もっと豊かに生きたい」と思っているなら、
何かを増やす前に、
一度、薪ストーブの前に座ってみてほしい。
そこには、
すでに十分な温度と、
十分な静けさと、
十分な人生がある。
本当に豊かな暮らしとは、
探しに行くものではなく、
気づくものなのかもしれない。
炎は今日も、
そのことを何も言わずに教えてくれている。



